東京高等裁判所 平成8年(行ケ)256号 判決 1998年3月12日
広島市西区草津東2丁目13番1-201号
原告
イービーエス産興株式会社
同代表者代表取締役
戎晃司
同訴訟代理人弁護士
河原和郎
同弁理士
三原靖雄
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
新海岳
同
酒井雅英
同
後藤千恵子
同
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成8年審判第188号事件について平成8年7月17日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成4年11月9日、名称を「有機質肥料の施肥方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成4年特許願第324822号)したが、平成7年12月12日拒絶査定を受けたので、平成8年1月9日審判を請求し、平成8年審判第188号事件として審理された結果、同年7月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月30日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したものを、別個に車両に搭載した肥料タンクに設け、該肥料タンクより上端に握持部を有する筒体から土中の植物の根元に圧入することを特徴とする有機質肥料の施肥方法。
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 引用例
<1> 特開昭54-66224号公報(以下「引用例1」という。)には、以下の事項が記載されている。
(a) 「中央噴射孔から粉状または粒状の肥料を混入した高圧空気を、また外周噴射孔から高圧水を噴射せしめる発射銃で、樹木周辺の土中に任意深さ、任意方向に前記高圧水を発射し、土中に高圧水を突入せしめ、該突入力で樹木の根を切断し、土壌をかく乱せしめると共に、前記高圧空気と肥料を土中に連れこませ、土中に樹木の養分、水及び空気を供給して新根の発育を促し、樹木の活性化を行わしめることを特徴とした樹木活性法。」(特許請求の範囲)
(b) 「図1において水タンク1とこの水を高圧化する高圧ポンプ2、空気圧縮機3で圧縮された高圧空気を貯えるエアタンク4および肥料タンク5などを作業車6に搭載し、また図2において前記高圧ポンプ2から吐出される高圧水を高圧ホース7を介し、また前記エアタンク4の高圧空気をホース8を介して発射銃9に供給する。」(1頁右下欄2~8行)
<2> 特開昭63-181809号公報(以下「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。
(c) 「第1工程によって穿孔された各垂直孔とこれに連通する水平孔とに土壌改良剤と肥料との混合物に保水剤、土壌菌等を添加させた土壌活性剤に水を加え攪拌混合して泥状化したものをポンプを利用して注入する第2工程」(2頁右上欄10~15行)
(d) 「・・・第1図において、Xは給水タンクWとポンプ駆動用の動力装置Eと高圧水ポンプPとを搭載した自動車であり、Yは作業員によって芝生地や樹木等の植栽地等の地表Gを穿孔する高圧水噴射ガンであり、高圧水ポンプPの開閉弁付送水口aと高圧水噴射ガンYのホース取付部bとを高圧ホースcにて接続し、高圧水ポンプPの吸入口と給水タンクWの送水口とは導管dにて接続してある。前記高圧水噴射ガンYは、第2図に示すように、銃身10とハンドル20とよりなっていて、・・・」(2頁右下欄1~11行)
(e) 「次に、第1工程によって穿孔された各垂直孔30、30’、・・・とこれに連通する水平孔41、41’ないし44、44’等とに、人工硅石(商品名NHライト)等の無機質土壌改良剤やバークやピートモス等の有機質土壌改良剤やポリアクリルアマイド等の化学土壌改良剤等の土壌改良剤と、化学肥料や有機肥料や無機肥料等の肥料との混合物に水苔や木片等の保水剤と土壌菌等を添加させた土壌活性剤に水を加え攪拌混合して泥状化したものをポンプを利用して注入することによって、第2工程が完了する。」(3頁右下欄10~20行)
(3) 対比
引用例1には、前記記載事項(a)及び(b)からみて、粉状又は粒状の肥料を、別個に車両に搭載した肥料タンクに設け、該肥料タンクより筒体から土中の植物の根元に高圧水と共に圧入することを特徴とする肥料の施肥方法が記載されているものと認められる。
そして、本願発明と引用例1に記載されたものとを比較すると、両者は、肥料を、別個に車両に搭載した肥料タンクに設け、該肥料タンクより筒体から土中の植物の根元に圧入することを特徴とする肥料の施肥方法である点で一致し、以下の点で相違する。
<1> 前者では、粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したものを施肥しているのに対し、後者では、粉状又は粒状の肥料を高圧水と共に施肥している点(以下「相違点<1>」という。)
<2> 筒体が、前者では、その上部に握持部が設けられているのに対し、後者では、握持部について特定されていない点(以下「相違点<2>」という。)
(4) 判断
<1> 相違点<1>について
引用例2には、前記記載事項(e)から明らかなように、有機肥料を水で混合したものをポンプにより地中に施肥することが記載されており、また、有機肥料として米糠、麸等は周知慣用のものであり(必要ならば特開昭63-210090号公報、特開昭63-159280号公報を参照)、引用例2に記載された「有機肥料」にはこれらのものが含まれることは明らかであるから、引用例2には、本願発明の構成要件である「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したもの」を土中に注入する点が実質的に記載されているものと認められる。
そして、引用例1に記載された方法も引用例2に記載された方法も、いずれも土中に肥料を供給することを自的とした方法であるから、引用例1に記載された、粉状又は粒状の肥料を高圧水と共に施肥する手段を、引用例2に記載されている、粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したものを土中に注入する手段に変更し、本願発明の前記相違点<1>のごとくすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
<2> 相違点<2>について
地中への液体肥料注入用筒体の上部に握持部を設けることは、本願の出願当時周知の技術であり(必要ならば実公昭61-41531号公報、実公平1-40428号公報、実公平1-12625号公報を参照)、引用例1に記載された筒体にこのような周知技術を採用し、本願発明の前記相違点<2>のごとくすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
<3> 本願発明の効果について
本願発明において、前記相違点<1>及び<2>を組み合わせたことによる格別の効果も認められず、本願発明の効果は、引用例1及び2の記載から当業者であれば予期できる程度のものである。
(5) むすび
以上のことから、本願発明は、引用例1及び2に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたもものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(2)は認める。同(3)のうち、引用例1に肥料を「高圧水と共に圧入すること」が記載されていること、本願発明と引用例1に記載されたものとが、肥料を土中の植物の根元に「圧入することを特徴とする」点で一致していることは争い、その余は認める。同(4)<1>は争う(但し、引用例1に記載された方法も引用例2に記載された方法も、いずれも土中に肥料を供給することを目的とした方法であることは認める。)。同(4)<2>、<3>、同(5)は争う。
審決は、一致点の認定を誤り、相違点を看過し、相違点<1>、<2>についての判断を誤り、かつ、本願発明の効果を誤認して、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 一致点の誤認(取消事由1)
引用例1の特許請求の範囲の記載によれば、「高圧水」は、「樹木の根を切断し」「土壌をかく乱せしめる」手段として利用しているもの、言い換えれば、鍬や鋤で樹木の周辺に穴を堀りあるいは耕土するのと同様の手段として利用しているものであり、高圧水で穴を掘りあるいは耕土した後に、粉状又は粒状の肥料を高圧空気の圧力で「圧入」しているのであって、本願発明のように、「有機質肥料を水で混合して・・・圧入する」のと同様の意味で、「高圧水と共に」「粉状又は粒状の肥料を・・・圧入する」ものであるとはいえない。
したがって、本願発明と引用例1に記載されたものとは、筒体から土中の植物の根元に「圧入することを特徴とする」肥料の施肥方法である点で一致するとした審決の認定は誤りである。
<2> 相違点の看過(取消事由2)
引用例1には、「高圧水を発射し、土中に高圧水を突入せしめ」(特許請求の範囲)、「高圧水の衝突力で噴射水は土中深く突入する」(甲第2号証1頁右下欄16行、17行)と記載されていること、引用例1による作業概要を示す図3によれば、「発射銃」は地表から離れた位置から高圧水を噴射しており、高圧水のみが地中に「突入」していること、図2によれば、「発射銃」は、先端に噴射水と高圧空気の二つの噴射孔を有しており、土中に打ち込める構造にはなっていないことからすると、引用例1の筒体(発射銃)は土中に差し込む構造ではないことが明らかである。
一方、本願発明の筒体は、甲第1号証図1のとおり、先端は鋭利に尖っていて、「パイプを土中に差込み肥料を注入する」(甲第1号証【0010】)構造になっている。
確かに、本願明細書の発明の詳細な説明には、「筒体の先端部が袈裟懸け状に先鋭に形成した」ことは、「発明を実施する具体的装置の一例」として記載されているが、特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明を見れば、本願発明の筒体が土中に差し込む構造のものであることは要旨外の事項ではないことは明らかである。
上記のとおり、本願発明の筒体と引用例1の筒体とは、前者が土中に差し込む構造になっているのに対し、後者は土中に差し込まず、地表面から離れた位置から使用する構造になっている点が相違している。
審決は、上記相違点を看過した。
(3) 相違点<1>の判断の誤り(取消事由3)
<1> 審決は、「引用例2には、本願発明の構成要件である「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したもの」を土中に注入する点が実質的に記載されているものと認められる。」(甲第4号証6頁末行ないし7頁4行)と認定、判断しているが、誤りである。
引用例2では、「人工珪石(商品名NHライト)等の無機質土壌改良剤やバークやピートモス等の有機質土壌改良剤やポリアクリルアマイド等の化学土壌改良剤等の土壌改良剤と、化学肥料や有機肥料や無機肥料等の肥料との混合物に水苔や木片等の保水剤と土壌菌等を添加させた土壌活性剤に水を加え攪拌混合して泥状化したもの」(甲第4号証3頁右下欄12行ないし18行)として、要するに土壌改良剤、肥料、保水剤、土壌活性剤を、水を加えて混合したものという趣旨であって、たまたまその中に、「有機肥料」の文言があるだけで、そのことから、本願発明の「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したもの」が「実質的に記載されているものものと認められる」とはいえない。
けだし、「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料」とは、肥料のうちの有機質肥料に限り、更にそのうちの「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む」ものと限定・特化しているのに対して、引用例2の「化学肥料や有機肥料や無機肥料等の肥料」とは要するに、凡そ肥料と名のつくものすべてを意味するもので、後者が前者を当然予想して記載されたという意味で、「実質的に記載されている」とはいえないし、「土壌改良剤と・・・肥料との混合物に・・・土壌活性剤に水を加え攪拌混合して泥状化したもの」と「(有機質肥料を)水で混合したもの」とは明らかに異なるものであるからである。
<2> 審決は、「引用例1に記載された、粉状又は粒状の肥料を高圧水と共に施肥する手段を、引用例2に記載されている、粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したものを土中に注入する手段に変更し、本願発明の前記相違点<1>のごとくすることは、当業者が容易に想到しうることである。」(甲第4号証7頁7行ていし14行)と判断しているが、誤りである。
引用例1は、前記のとおり、「高圧水とともに」「粉状又は粒状の肥料を・・・圧入する」ものであるとは到底いえず、むしろ高圧水で耕土した後、「粉状又は粒状の肥料」を高圧空気で圧入するものであり、本願発明の「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したものを土中に注入する手段」とは全く異なるので、引用例1の施肥の内容物を変更したのみでは、本願発明に到達するとはいえない。
また、本願発明も引用例1記載のものも土中に肥料を供給することを目的とする方法ではあるが、筒体を土中に差し込む方法(本願発明)と、筒体を土中に差し込まず、空中から地面めがけて発射する方法(引用例1)との間には、構造や効果、更には発明思想に根本的な違いがあるので、この点からも、引用例1からは、単に施肥の内容物を変更しただけでは本願発明に到達できない。
さらに、「粉状又は粒状の肥料」を「水と共に施肥する手段」から「有機質肥料を水で混合したものを施肥」する手段に変更することは、施肥した後の状況が結果的に類似しているとしても、施肥の手段方法としては全く異なるもので、当業者といえども到底容易に想到できるものではない。
(4) 相違点<2>の判断の誤り(取消事由4)
本願発明の筒体と引用例1の筒体とでは、単に「上部に握持部が設けられている」か否かの点が異なるだけでなく、土中に差し込んで使用する構造になっているか否かの点が相違するものであるところ、地表から離れた位置から高圧水を噴射する「発射銃」には、握持部なかんずく本願発明のような、土中に差し込むに便利な構造の握持部は全く不要なものであり、引用例1の筒体に、本願発明のような握持部を設けることは、当業者は通常考えないことが明らかである。
したがって、相違点<2>についての審決の判断は誤りである。
<5> 効果の誤認(取消事由5)
本願発明では、高圧水や高圧空気を使用しないので、樹木の根を切断したり、土壌を攪乱することはなく、また、筒体を任意の場所に差し込むことができるし、圧入した肥料は、土中の浸透圧により樹木の毛根部に十分到達し、かつ筒体を土中に差し込んで施肥するため、地表面や空中に肥料をまき散らすことはないといった、引用例1及び2の発明からは予期できない顕著な効果を奏する。
したがって、本願発明の効果についての審決の判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
本願発明における「圧入」とは、別途スコップ等を用いて手作業にて穴を掘るような必要もなく、圧力を付加された肥料が自らの圧力で土中に入るようにしたということを意味するものである。
ところで、引用例1の特許請求の範囲には、「土中に高圧水を突入せしめ、・・・前記高圧空気と肥料を土中に連れこませ、土中に樹木の養分、水および空気を供給して新根の発育を促し、」という事項があるが、これは明らかに、土中に突入する高圧水に連れこまれて肥料が土中に入ることを示している。
したがって、引用例1記載のものも、当然、本願発明と同様の意味で肥料を「圧入」、しているものである。
(2) 取消事由2について
筒体を土中に差し込む構造とすることは、本願発明の要旨外の事項である。
本願発明は、筒体を土中に差し込んで肥料を土中に圧入する方法に限定されるのではなく、筒体を地表から離れた位置において該筒体から肥料を水と共に噴射し、その噴射する圧力で肥料を土中に圧入するようなものも含むものである。
また、引用例1の「発射銃」は、その構成からして、地表から離れた位置から高圧水を噴射しなければならないものとは理解できないし、その先端を地表に当てて使用することは十分想定できることである。
(3) 取消事由3について
審決摘示の引用例2の記載事項(c)、(e)からすると、引用例2には、土中に注入されるものには肥料が含まれること、そして、その肥料として有機質のものが用いられることが明らかに記載されている。さらに、引用例2の記載全体に徴しても、肥料として有機質のものを用いる場合に特定の種類でなければならないということはない。また、本願の出願当時、有機質の肥料として米の糠、麸を使用することは周知慣用の事項である。そうすると、当業者は、引用例2での「肥料」の具体的内容として、当然、「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料」を認識するものであり、引用例2には、「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料」を水で混合したものが実質的に記載されているに等しいのである。
また、引用例1記載のものと引用例2記載のものとは、ともに、肥料と水を土中に発射あるいは噴射することで施肥を行うものであって、両者は技術分野が共通するものであり、さらに、それらの実施のための装置構成についてみると、両者は、ともに、流体を圧送するためのポンプ、土中に注入されることになる肥料や水等を蓄えるためのタンク、それらを載せる車両、車両上の肥料や水を輸送するためのホース、該ホースに連結されると共に肥料や水等を土中に発財あるいは噴射するための筒体を備えるなど、多くの主要な要素が共通するものである。したがって、引用例1に記載のものにおいて、筒体及びそれに関連するタンクやホースの構成を代えることを含めて、引用例2に記載される、粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したものを土中に注入するものにすることは、当業者において容易に想到し得るものである。
(4) 取消事由4について
地中への液体肥料注入用筒体の上部に把持部を設けることは、本願の出願当時、当業者に広く知られた周知の技術であり、しかも、引用例1記載のものにおいて、そのような筒体に関する周知の構成を適用・付加しようとするにあたって、何ら技術的に支障となる事由もない。
したがって、引用例1に記載された筒体を、本願発明の相違点<2>のようにすることは、上記周知の技術を踏まえて当業者が容易に想到し得ることである。
(5) 取消事由5について
原告主張の効果は引用例1、2から予測される程度のものである。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(2)(引用例1、2の記載事項の摘示)、同(3)(対比)のうち、引用例1に肥料を「高圧水と共に圧入すること」が記載されているとした点、本願発明と引用例1に記載されたものとが、肥料を土中の植物の根元に「圧入することを特徴とする」点で一致しているとした点を除くその余の認定については、当事者間に争いがない。
2 取消事由1について
(1) 上記1に説示のとおり、本願発明と引用例1記載のものとは、肥料を、別個に車両に搭載した肥料タンクに設け、該肥料タンクより筒体から土中の植物の根元に肥料を施用する方法に関するものである点で一致していることは、当事者間に争いがない。
(2) 本願発明は、有機質肥料を水で混合したものを筒体から土中の植物の根元に「圧入」するものであるところ、本願明細書中の「圧入の手段としては圧縮ポンプ(4)を用いて施肥する」(甲第1号証の【0009】)との記載によれば、上記「圧入」は、「強い圧力で物を押し込むこと」という一般的な意味内容を有するものとして用いられているものと認められる。
引用例1(甲第2号証)には、「中央噴射孔から粉状または粒状の肥料を混入した高圧空気を、また外周噴射孔から高圧水を噴射せしめる発射銃で、・・・前記高圧水を発射し、土中に高圧水を突入せしめ、・・・前記高圧空気と肥料を土中に連れこませ、」(特許請求の範囲)、「また外周の噴射孔より噴射する噴射水に囲まれて中央の噴射孔より噴射する高圧空気と肥料は噴射水とともに土中に連れこまれる。」(1頁右下欄末行ないし2頁左上欄2行)と記載されているところ、上記「前記高圧水を発射し、土中に高圧水を突入せしめ、・・・前記高圧空気と肥料を土中に連れこませ、」、「高圧空気と肥料は噴射水とともに土中に連れこまれる」というのは、高圧空気と肥料が高圧水(噴射水)と共に土中に連れこまれる(噴射される)ものであるから、肥料は、結果として土中に押し込まれることになる。
したがって、引用例1には、肥料を「高圧水と共に圧入すること」が記載されているものというべきである。
原告は、引用例1の特許請求の範囲の記載によれば、高圧水は「樹木の根を切断し」「土壌をかく乱せしめる」手段として利用しているものであり、高圧水で穴を堀りあるいは耕土した後に、肥料を高圧空気の圧力で「圧入」しているのであって、「高圧水と共に圧入する」ものではない旨主張するが、上記認定、説示したところに照らして採用できない。
(3) 上記のとおりであるから、審決の一致点の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。
3 取消事由2について
本願明細書の発明の詳細な説明には、「この発明を実施する具体的装置の一例を詳述すると、上端に握持部(1)を有し、先端部が袈裟懸け状に先鋭に形成したパイプ(2)を設け、該パイプ(2)の先端から土中に肥料を圧入して供給するものであり、」(甲第1号証の【0009】)と記載され、本願図面図1には、先端部を先鋭に形成したパイプが示されていることが認められる。
しかし、発明の要旨は、特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいて認定すべきところ、本願の特許請求の範囲は、「筒体」の具体的な構成について何ら規定していない。そして、本願明細書の発明の詳細な説明や図面を参酌して、本願発明における筒体の具体的な構成を確定すべき特段の事情があるとも認められない。
そうすると、本願発明の筒体は土中に差し込む構造になっている旨の原告の主張は、本願発明の要旨に基づかないものとして失当というべきであり、本願発明の筒体は上記構造のものに限定されるものではない。
したがって、本願発明の筒体が土中に差し込む構造のものであることを前提とする取消事由2は理由がない。
4 取消事由3について
(1) 引用例2(甲第3号証)には、土中に注入されるものとして、「人工珪石(商品名NHライト)等の無機質土壌改良剤やパークやピートモス等の有機質土壌改良剤やポリアクリルアマイド等の化学土壌改良剤等の土壌改良剤と、化学肥料や有機肥料や無機肥料等の肥料との混合物に水苔や木片等の保水剤と土壌菌等を添加させた土壌活性剤に水を加え攪拌混合して泥状化したもの」(3頁右下欄12行ないし18行)と記載されているように(この点は当事者間に争いがない。)、肥料として有機質のものを用いることが記載されている。
そして、特開昭63-159280号公報(甲第6号証)には、「本発明の有機肥料成分としては、米糠、植物油粕、骨粉類、魚粕、魚粉などがあげられる。」(2頁右上欄13行、14行)と、特開昭63-210090号公報(甲第7号証)には、「この発明でいう“有機物”とは、天然に産する農業用資材を示し、例えば、魚粉、大豆粕、ナタネ粕、カニ殻、鶏糞、ピートモス、麩、米糠、フミン酸質等、一般に有機質肥料として使用されているものを指す。」(2頁右上欄14行ないし18行)と、本願明細書の発明の詳細な説明中の「従来の技術」の項には、「従来、油粕、米糠等の有機質材を元肥あるいは追肥として使用する場合」(甲第1号証の【0002】)とそれぞれ記載されていることが認められ、これらの事実によれば、本願の出願当時、有機質の肥料として米糠、麸を使用することは周知慣用の事項であったものと認められる。
上記のとおり、引用例2に肥料として有機質のものを用いることが記載され、本願の出願当時、有機質の肥料として米糠、麸を使用することが周知慣用の事項であったことからすれば、引用例2には、「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麩等を含む有機質肥料」が開示されているといっても何ら差し支えないものと認めるのが相当である。
そして、引用例2中の「第1工程によって穿孔された各垂直孔とこれに連通する水平孔とに土壌改良剤と肥料との混合物に保水剤、土壌菌等を添加させた土壌活性剤に水を加え攪拌混合して泥状化したものをポンプを利用して注入する第2工程」(2頁右上欄10~15行)、「次に、第1工程によって穿孔された各垂直孔30、30’、・・・とこれに連通する水平孔41、41’ないし44、44’等とに、人工硅石(商品名NHライト)等の無機質土壌改良剤やバークやピートモス等の有機質土壌改良剤やポリアクリルアマイド等の化学土壌改良剤等の土壌改良剤と、化学肥料や有機肥料や無機肥料等の肥料との混合物に水苔や木片等の保水剤と土壌菌等を添加させた土壌活性剤に水を加え攪拌混合して泥状化したものをポンプを利用して注入することによって、第2工程が完了する。」(3頁右下欄10~20行)との記載によれば、引用例2には、「有機質肥料を水で混合したものを土中に注入する」ことが記載されているものと認められる。
以上総合すると、審決が、「引用例2には、本願発明の構成要件である「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したもの」を土中に注入する点が実質的に記載されているものと認められる」とした認定、判断に誤りはないものというべきである。
そして、引用例1に記載された方法も引用例2に記載された方法も、いずれも土中に肥料を供給することを目的とした方法であるから(この点は当事者間に争いがない。)、引用例1に記載された、粉状又は粒状の肥料を高圧水と共に施肥する手段を、引用例2に記載されている、粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したものを土中に注入する手段に変更することは、当業者が容易に想到し得ることと認められる。
(2) 原告は、本願発明の「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料」とは、肥料のうちの有機質肥料に限り、更にそのうちの「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む」ものと限定・特化しているのに対して、引用例2の「化学肥料や有機肥料や無機肥料等の肥料」とは要するに、凡そ肥料と名のつくものすべてを意味するもので、後者が前者を当然予想して記載されたという意味で、「実質的に記載されている」とはいえないし、引用例2の「土壌改良剤と・・・肥料との混合物に・・・土壌活性剤に水を加え攪拌混合して泥状化したもの」と本願発明の「(有機質肥料を)水で混合したもの」とは明らかに異なるものであるとして、「引用例2には、本願発明の構成要件である「粳米および糯米の糠、そして/あるいは麸等を含む有機質肥料を水で混合したもの」を土中に注入する点が実質的に記載されているものと認められる」とした審決の認定、判断の誤りを主張するが、上記(1)に説示したところに照らして採用できない。
また、原告は、引用例1は、「高圧水とともに」「粉状又は粒状の肥料を・・・圧入する」ものであるとはいえないこと、本願発明と引用例1記載のものとは、肥料の供給方法において、筒体を土中に差し込む方法(本願発明)と、筒体を土中に差し込まず、空中から地面めがけて発射する方法(引用例1)といった、構造や効果、更には発明思想に根本的な違いがあることを理由として、引用例1からは、単に施肥の内容物を変更しただけでは本願発明に到達できず、「粉状又は粒状の肥料」を「水と共に施肥する手段」(引用例1)から「有機質肥料を水で混合したものを施肥」する手段(本願発明)に変更することは、施肥の手段方法として全く異なるもので、当業者といえども到底容易に想到できるものではない旨主張する。
しかし、上記2に認定、説示のとおり、引用例1には、肥料を「高圧水と共に圧入すること」が記載されているものであること、上記3に認定、説示のとおり、本願発明の筒体は土中に差し込む構造になっているものに限定されるものではないこと、引用例2には、「有機質肥料を水で混合したものを土中に注入する」ことが記載されているから、「粉状又は粒状の肥料」を「水と共に施肥する手段」から「有機質肥料を水で混合したものを施肥」する手段に変更することを想到することが格別困難であるとは認め難いことからして、原告の上記主張は採用できない。
(3) 以上のとおりであって、相違点<1>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。
5 取消事由4について
(1) 本願明細書及び図面(甲第1号証)には、本願発明において、筒体の上端に握持部を有することの技術的意義について特に記載されていないが、上記握持部は施肥作業の能率を高めるために設けられているものと考えられる。
引用例1(甲第2号証)の図3には、作業者が「発射銃」の上端部を握持して施肥している状況が示されているが、作業能率を高めるために、把持しやすいような「握持部」を設けることは一般に実施されていることであるから、引用例1記載のものにおいて、施肥作業の能率を高めるために、発射銃の上端部に「握持部」を設けることは、当業者が容易に想到し得ることと認められる。
(2) 原告は、地表から離れた位置から高圧水を噴射する「発射銃」には、握持部なかんずく本願発明のような土中に差し込むに便利な構想の握持部は全く不要なものであり、引用例1の筒体に、本願発明のような握持部を設けることは当業者は通常考えないことは明らかである旨主張する。
しかし、本願発明の筒体が土中に差し込むものであるという前提自体採り得るものではないし、上記(1)に説示したところに照らしても上記主張は採用できない。
(3) 以上のとおりであって、相違点<2>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由4は理由がない。
6 取消事由5について
引用例1(甲第2号証)には、「かゝる発射銃をもって樹木周辺の土中に噴射すると高圧水の衝突力で噴射水は土中深く突入する。圧力500~1000kg/cm2の高圧水は1~2mの深さに突入し、突入深さは圧力に比例して深まる。圧力を高めれば土中の旧根の切断が可能になる。」(1頁右下欄15行ないし19行)と記載されていることが認められ、これによれば、引用例1記載ものにおいては、「圧力」を変化させることにより、土中の旧根を切断したり、しなかったりするものであって、高圧水の圧力が低い場合には、樹木の根を切断せず、また土壌を攪乱することもないものと認められる。
そうすると、引用例1記載のものが、常に、樹木の根を切断したり、土壌を攪乱したりするものであることを前提として、本願発明の効果の顕著性をいう原告の主張は失当というべきである。
また、本願発明は、筒体を土中に差し込んで施肥するものに限定されるわけではないから、筒体を土中に差し込んで施肥することを前提として、本願発明の効果の顕著性をいう原告の主張が失当であることは明らかである。
したがって、本願発明の効果についての審決の判断に誤りはなく、取消事由5は理由がない。
7 よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳 裁判官 清水節)